2024米国大統領選の行方と企業のリスク対応 ~トランプ氏とハリス氏の政策を読み解く~

全社的リスクマネジメント

2024年8月7日

コンサルティング統括パートナー

原 敬徳

1.はじめに

米国のトランプ前大統領が713日、東部ペンシルベニア州で演説中に銃撃を受けたが、その後民主党ではバイデン大統領が次期大統領選から撤退し、8月上旬にはハリス副大統領が候補の指名を獲得することが確実になった。それによって、「ほぼトラ」(ほぼ確実にトランプ氏が当選するだろう)から、再び「もしトラ」や「もしハリ」(もしかしたらトランプ氏またはハリス氏が当選するかもしれない)へと逆戻りし、いまでは両者が拮抗していることは周知のとおりである。米国大統領選挙まで3ヶ月を切り、経済や社会、そして自社の経営に及ぼす影響を見極めるタイミングに来ている。トランプ氏、もしくはハリス氏が大統領に就任した場合を想定し、①経済政策、②安全保障・外交政策、③環境・エネルギー政策、④移民政策という、とくにグローバル企業に影響を与えるであろう4つの政策を概観するとともに、外部環境リスクの文脈から日本企業に与える影響を考えてみる。

2.企業に関連しそうな両者の政策比較

現時点(202486日現在)で想定される両者の主な政策をまとめてみた。トランプ氏の「米国第一主義」政策の姿勢は前政権時と同様に世界に大きな影響を及ぼすことは間違いない。一方で、ハリス氏については、現バイデン政権の政策を踏襲し、比較的安定したビジネス環境を維持するであろうと言われている。その両者の政策は以前から対比されてきたが、大統領選の結果次第で世界への影響力は大きく変わることになる。

 

表1 米国内外の企業への影響が想定される両者の政策比較(一例)

民主党(カマラ・ハリス氏) 主な政策 共和党(ドナルド・トランプ氏)

 

  • 現バイデン大統領が掲げてきた低所得者や中間層の底上げ、製造業やインフラへの投資を加速させる。
  • 半導体の国内生産回帰へ巨額の補助金を支給し、友好国とのサプライチェーンの整備・強化を進める。
経済政策

 

  • 自らの経済政策「トランプノミクス」では、金利引き下げや法人税減税、石油増産、各種規制緩和、関税引き上げを掲げている。
  • とくに、対米輸出に対して10%、中国からの輸入品へは60%超といった関税引き上げを示唆している。

 

  • 現政権の政策を引き継ぎ、世界におけるリーダーシップをさらに強化し、自由と人権を擁護する政策を展開する。
  • 同盟国やNATOとの関係を強化する。また、ウクライナ支援や中国との対話、中東の安定と平和の構築に取り組む。
安全保障・外交政策

 

  • 「アメリカ・ファースト」を掲げ、自国の利益を最優先する孤立主義的・保護主義的な姿勢を貫く。
  • 多国間協定よりも二国間交渉を重視。NATO加盟国に防衛費負担増を要求、中国を戦略的競争国と位置づける。

 

  • 気候変動対策を継続し、石油・ガス産業による環境汚染には厳粛に対処する。
  • 太陽光、風力、地熱発電プロジェクトを拡大し、クリーンエネルギーへの投資を拡大するとともに、エネルギーコストの低減を目指す。
環境・エネルギー政策

 

  • 環境政策を大幅に転換し、再生可能エネルギー関連の予算削減や規制緩和が予想され、パリ協定からも脱退するとしている。
  • 環境保護関連の各種投資や運用コストが削減され、化石燃料への依存度が加速する。

 

  • 移民政策において、国境の安全確保と移民システムの包括的な改革を目指す。
  • 以前より不法に入国した移民や長期不法滞在者を支援し、人道的な取り扱いや合法的な移民の枠を拡大する。
移民政策
  • トランプ氏の移民政策により、専門技術者として米国に一時的に就労滞在するビザの規制を強化する。
  • 引き続き、不法移民の取り締まり強化が進むと考えられる。

※筆者調べ

3.トランプ氏の政策に対する企業対応のポイント

次に、両者の政策のうち、とくに我々への影響が大きいと思われるトランプ氏の政策について、米国内外、また日本企業における対応のポイントを考えてみたい。あくまで一例だが、上記の外部環境リスクシナリオをふまえた対応方針として、各企業においても検討を進めなければならないと考える。

 

表2 ドナルド・トランプ氏(共和党)の政策における企業対応のポイント(一例)

投融資戦略の再検討 日米間の貿易不均衡是正を求められる可能性が高く、対米輸出戦略の再考が求められる。そのため、為替政策においても政策変更に伴うリスクヘッジの強化が重要となる。
サプライチェーンの多様化と強靭化

保護主義政策の強化により、輸入品への関税が課される可能性があるため、重要物資や重要サプライヤーの特定と代替策を検討し、サプライチェーンのリスク分散を図ることが求められる。

技術とイノベーションの確保 技術・イノベーション分野では、技術覇権競争の激化が予想される。そのため、米中デカップリングへの対応や技術流出リスクへの対策強化が必要となる。またAI規制が強化される可能性もあるため、AI開発・導入戦略の見直しも求められる。
コンプライアンス体制の強化 米国や各州において、変化する規制・法令に適応し、的確に遵守・徹底する体制が求められる。経済・貿易、気候関連、企業関連法、データプライバシーやサイバーセキュリティ、生成AIなど、動向把握と柔軟な対応、法令・規制遵守が求められる。
人材確保と生産性向上

移民規制の強化が予想され、高度人材の受け入れ制限が厳しくなるため、米国での人材確保戦略の見直しや自動化やAI導入による生産性向上が求められる。

シナリオプランニングの実施

上記のような複数の政策変更に関するシナリオに基づき、事業方針や戦略、対応策をプランニングし、柔軟に対応できる社内体制が求められる。

4.むすびに

両者の政策論争はパリオリンピックの閉幕を迎え、さらに激化するものと思われる。グローバル企業にとってより大きな影響が想定されるトランプ氏の政策に対し、現バイデン政権を踏襲するハリス氏の政策だが、いずれも残りの期間で政策の優先順位が変わる可能性もある。

 

両者それぞれの政策を見据え、企業における外部環境リスクの文脈として注意すべき点は以下のとおりだろう。
まず、保護主義的政策の転換に備え、米国を中心とした投融資戦略とサプライチェーンの多様化・強靭化を検討することが求められる。米中対立の激化を想定し、米中双方において市場リスクの分散投資を練る必要も出てくるかもしれない。また、環境規制の緩和も予想される一方で、日本を含めたグローバル企業としては、自主的に国際的な環境基準への対応を継続し、長期的な競争力を維持することが求められるだろう。さらに、移民政策の厳格化にも備え、グローバル人材戦略の見直しや米国内人材の採用・育成への投資も視野に入れなければならない。

 

このように、考えられるシナリオに基づいて自社のグローバル戦略を再調整する、といった動きが、一部の日本企業でも始まっている。政治のみならず経済情勢など、いまもめまぐるしく変化している状況に注視しながら、我々日本企業にとっても難しい経営の舵取りが求められる状況になってきた。

参考資料

●CNN.com,Fact-checking night 1 of the Republican National Convention、

https://edition.cnn.com/2024/07/15/politics/fact-check-night-one-republican-national-convention/index.html?iid=cnn_buildContentRecirc_end_recirc(アクセス日:2024-08-06)

●DNC Releases 2024 Party Platform Draft, Outlining Historic Record and Bold Agenda for President Biden and Vice President Harris to Finish the Job

https://democrats.org/news/dnc-releases-2024-party-platform-draft-outlining-historic-record-and-bold-agenda-for-president-biden-and-vice-president-harris-to-finish-the-job/(アクセス日:2024-8-06)

●Bloomberg,新トランプノミクス、米大統領に返り咲いた場合に予想される政策一覧,

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-01-10/S71SCMT1UM0W00(アクセス日:2024-08-06)

●NHK,アメリカ大統領選挙2024 政策比較,

https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/us-election/presidential-election/2024/policy/(アクセス日:2024-08-06)

 

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