家族への防災教育は事業継続対応の一環――家族に自助の力を持たせる

事業継続(BCM)

2017年5月23日

リスクマネジメント事業本部
BCMコンサルティング事業部

企業第2グループ 上級コンサルタント

川村 丹美

BCP(事業継続計画)においては、業務を継続するための考え方や手段、手順とともに、業務を行うのに必要な経営資源が損なわれた場合の対応をしっかり検討しておく必要がある。その中でも「人」が重要な要素であることは言うまでもない。業務によっては被災して業務に従事できなくなった担当者の穴をどう埋めるかという課題について、うまく解決策を見つけるのが難しいケースもあるのではないだろうか。それは特定の従業員への依存をなかなか解消できないという現実に起因している。

 

従業員にはそれぞれ家族がいる。職場や外出先で大規模災害に遭遇した場合、帰宅して家族の無事を確かめたいのは人として当然の心理であり、家族や自宅に関する安否情報を得ることができない状態であっても、業務継続のために職場にとどまり続けるという決意はなかなかできないだろう。企業が業務の継続性を確保するためには、従業員の家族の安全が確保されている、その情報が従業員とその家族とで共有できるという2つのハードルを越える必要がある。

 

1つ目のハードルは、従業員の家族が「自助」の考え方に基づいて、自らの安全を確保できる行動をとるためのノウハウを取得することによって越えやすくなる。しかし、一般家庭においてはこれらのノウハウに関する情報が不足しがちであるため、各家庭内で実現することは難しい。そこで雇用側である企業から従業員へ、従業員からその家族へと有事における行動様式に関する情報やノウハウを伝える仕組みを設けることで、家族に認識しておいて欲しい情報について従業員を通して確実に伝達する。そして、均一した情報を一括して提供する過程で、どのような情報が家族に伝わっているかを把握することができれば、情報の過不足や混乱を防ぐこともできる。その結果、家族間でしっかりと話し合って理解を深め、家族の構成員一人一人が自分自身の安全を確保して行動できる態勢を事前に整えておくことが可能になれば、多くの企業のBCPで掲げている「従業員とその家族の安全を確保する」という目的を果たす一助となり、企業が有事に必要とする「人」を確保することにつながっていく。

 

2つ目のハードルは、従業員と家族が情報を共有する手段を確実に確保することによって越えやすくなる。有事の行動様式に関するノウハウの中に災害により社会インフラの機能に制限がある状況で考えられる連絡手段に関する情報を含めることで、従業員もその家族も、一定の知識を得ることができるだろう。家族の構成や年齢によって選択できる手段が異なると思われるため、従業員は、自分の家庭に合った手段を選択して導入することで連絡を取れる仕組みを確保することと、家族が日頃からその手段を使いこなすようにしておくことが必要となる。企業によっては、従業員の安否確認ができ、同時に従業員が自分の家族の安否を確認できるツールを導入しているケースもあるだろう。しかし、大規模地震が発生した場合にはさまざまな通信手段が停止することが想定されるため、従業員とその家族は連絡を取り合うための方法を複数用意しておく必要があり、企業が用意している安否確認システムだけに依存しないで準備しておくことが肝要である。目の前にある電話が使えない場合にも、災害時優先電話や公衆電話などさまざまな代替手段があり得るが、大きな災害に直面して動揺するとそれらの選択肢を思いつく余裕がなくなってしまう。事前に知識を持っていれば、落ち着いていくつかの選択肢の中から使える代替手段を探すことができる。電話に関することだけでも多くのノウハウがあり、電子メールやSNSなどを含めると選択肢はさらに広がる。企業は選択肢が広がった分だけ連絡を取り合える可能性が高くなることを念頭に置いて、従業員の家族ができることを少しずつ増やしていく取り組みも進めていただきたい。

 

家族同士で連絡が取れ、お互いの状況を把握できることが最も大きな安心につながるが、1つ目のハードルを越えるための教育がしっかりできている家庭では、たとえ連絡を取ることができない場合でも、お互いが安全な行動を執っていることを確信して不安な時間を乗り越えられる効果が期待できる。そのためには、従業員自身が家族に繰り返し必要な知識を伝え、企業は従業員を支援していく必要がある。家庭内では、教わった行動に従って実際に動いてみる「家庭内訓練」を是非ともおすすめしたい。小さな子どもでも、繰り返し説明するとしっかり理解でき、実際に自分で体験したことであれば、たとえ親と離れて1人でいても自信を持って行動することができる。

 

東日本大震災では、首都圏は震源地である東北地方から距離的に離れていたにもかかわらず、公共交通網の機能が一斉に停止し、多くの人が徒歩による帰宅を余儀なくされた。もし、熊本地震のように何度も大きな余震が発生していたら、帰宅の途中で多くの人が崩れたビルや落下物によって負傷するなど、危険に晒されていただろう。家族が安全に行動している確信を持つことができ、連絡を取り合ってお互いの無事を確認できていれば、徒歩で帰宅をする人は少なかったのではないだろうか。人命の安全を確保する意味でも、企業が従業員の家族教育に取り組むことは大きな意義がある。

川村 丹美

リスクマネジメント事業本部
BCMコンサルティング事業部

企業第2グループ 上級コンサルタント

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