公共交通機関における凶悪犯罪リスク――近年の車内襲撃事件を受けて

危機管理

2021年11月8日

リスクマネジメント事業本部
危機管理コンサルティング部

広報・グローバルグループ

髙木 華織

事件の概要と「無敵の人」

2021年10月31日夜、都内電鉄の特急電車内で乗客17人が刃物で切り付けられるなどして重軽傷を負う事件が発生した。8月に発生した同様の襲撃・放火事件を受け、国土交通省が9月24日に防犯カメラの設置などの治安対策強化を発表*[1]した矢先の事件発生であった。またもや車内という密閉空間の危険性に起因した事件である。

逮捕された男は、社会に恨みを持ち大量殺人を企てる映画の悪役「ジョーカー」や、8月に起こった車内殺傷事件の影響も強く受けていたという。数年前からSNSで言われている所謂「無敵の人」、つまり、自分には何も失うものがないと感じ、犯行に躊躇しない人物とみられる。ハロウィーン当日に混雑かつ長時間密閉状態となる上りの特急電車を選び、ライターオイルに着火するという犯行手口は、海外のテロリストにも類似している。

一度こういった大きな事件が起こると、模倣事件の可能性が高まる。実際に11月6日の朝には、マスク未着用を咎められたと勘違いした男が千枚通しのような工具を列車内で取り出す事件も発生している。さらに、11月8日朝には、熊本県内を走行中の新幹線で、男が車内に火をつけた。現行犯逮捕された男は、都内電鉄の乗客刺傷事件を真似たと話しているという。

 

*[1] 小田急線車内傷害事件の発生を受けた対策(報道発表資料)

https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001425123.pdf

避難の問題点

事件発生直後にSNSやニュースに流れた、乗客が窓から逃げる映像に筆者は衝撃を覚えた。「なぜ、列車ドアとホームドアが開かれないのか」と、誰もが疑問に感じたであろう。

この理由については他の報道に詳細をゆだねるが、多重の安全設計によってドアを開けての避難が困難になったことがこの事件の大きな特徴である。停車位置がずれていたことから、仮にホーム側の列車ドアが開けられたら、一斉に逃げようとする乗客の群衆事故や転落事故の恐れがあったであろう。そのため、列車とホームの扉を開ける判断ができず、そのような安全構造にもなっていた。車内には防犯カメラが設置されておらず、緊迫した状況下で車掌が可能な対応は限定されていた。

今後は、テロを含む凶悪犯罪を想定した安全メカニズム、つまり、緊急時に確実に所定停車位置に移動させ、停車位置がずれても脱出可能なホームドアを設置するなど、車内からの自力避難を容易にできるようにすることが喫緊の課題となるであろう。また、駅構内や車内への防犯カメラ設置が急がれる。

乗客ができること・すべきこと~退避、救護、通報~

本件は過去の事件とは違い、SNSで事件直後から現場の映像が共有されたこと、これにより事件の検証に大いに有用な情報が提供されたことが特徴的である。しかし、安全対策の立場からは、このような事件が発生したら、

乗客は

 ①速やかにその場から離れること、

 ②可能ならば被害者の救護にあたること、

 ③非常通報すること、

が原則である。

本件では映像の撮影者らに被害はなかったとみられるものの、興味本位で現場の撮影をすることは、撮影者本人を危険にさらすばかりでなく、他の人の退避、当局の捜査や救護活動にも影響する恐れがあるため、厳に慎みたい。

さらに、今回のような事件自体を未然に防ぐ(「ゼロリスク」にする)ことは現実的に極めて難しい点も指摘しておきたい。平素から警戒レベルを維持することは難しいが、こういった事件はもはや想定外ではなくなってきていることは認識しておくべきである。

(参考)過去の類似事件

過去に国内外で「ソフトターゲット」と呼ばれる公共交通機関(車両や駅等)で発生した、テロを含む類似事件を参考までに以下に列記する。日本に限らず、各国においても、列車内でのテロや犯罪行為に対する対策は強化しているものの、抑止には苦慮しているのが現状である。前述したように、未然に事件を防ぐための決定打はないが、事件の教訓をもとに各国間で情報を共有し、実践的かつ効果的な対策が実施されることを強く期待する。

表1 国内の駅や列車で発生した事件

国内事件
年月 事件の概要
1995年3 「地下鉄サリン事件」:オウム真理教の幹部らが猛毒の神経ガス「サリン」を都内地下鉄の車内で散布し、死者14人、負傷者6,000人以上。
2015年6 新横浜-小田原間を走っていた東海道新幹線の先頭車両で男が焼身自殺を図り、男と巻き込まれた乗客の女性が死亡。
2016年5 静岡県内を走行中の東海道新幹線車内で「刃物を持った男がいる」と乗務員に連絡があった。デッキにいた男が包丁を手に持っていたことを女性車掌が注意すると、男が暴れて車掌が手に軽いけがをした。周囲にいた乗客が男を取り押さえた。事件を契機に、車内の不審者に対応する訓練をJR東海では開始。
2018年6 新横浜-小田原間を走行中の東海道新幹線で男が刃物で乗客に切り付け、3人死傷。
2021年8 小田急線内の殺傷事件、サラダオイルに着火を試みた。今回の京王線事件の犯人はこの事件の影響を受けたと供述。
2021年8 東京メトロ南北線白金高輪駅で男性1人を狙った硫酸攻撃が発生し、当該男性と居合わせた女性が負傷。

(出典:各報道より弊社作成)

 

2 海外の駅や列車で発生した事件

海外の事件
年月 事件の概要
2003年2 韓国の首都ソウルから240キロ南東の都市大邱(テグ)で、走行中の列車内で男がガソリンをまいて放火。火は駅の反対ホームに到着した列車に燃え移り、運転士がドアを開けないまま逃げたため、大勢の乗客が車内に閉じ込められ200人近くが焼死。
2013年4 台湾で台北に向かっていた台湾高速鉄道(台湾新幹線)のトイレに置かれたスーツケース2個から白煙と異臭があり、乗客約600人が避難。スーツケースには時計につながったガソリン入り容器が仕込まれていたが、電流不足で爆発しなかった。
2015年8

オランダ・アムステルダム発パリ行きの高速鉄道車内で、ライフル銃や刃物などで武装した男が乗客らを襲い、3人が負傷。男は居合わせた米兵らに取り押さえられた。

2016年7 ドイツ南部バイエルン州で列車に乗っていた男が斧で乗客らを襲い、4人が重傷。男は警官に射殺された。容疑者はアフガニスタン出身の少年(17)と判明。
2019年3 オランダ中部ユトレヒトの路面電車内で、イスラム過激派「イスラム国(IS)」につながりがあるとされるトルコ出身の男が銃を乱射し、3人死亡、5人負傷。
2021年11 ドイツ南部バイエルン州を走行する特急列車内で、刃物を持った男が乗客を襲い、3人が重傷。

(出典:各報道より弊社作成)

髙木 華織

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